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二人はぎょっとして黒猫を見つめました。長谷部の声です。
『本丸にも帰れない。どこにも俺を待つ人などいない』
黒猫は長谷部の声で言いました。
『誰も迎えに来てくれないなら、ここで朽ち果てる方がましだ』
「あ……」
ふいに足の力が抜けて、長谷部は崩れ落ちました。黒猫の言葉はすべて、長谷部の心の中に巣食っていた不安そのものでした。
「なんだ、彼の方はわかってるじゃないか。往生際が悪いのは君だけだ」
男は腕組みをしながら、燭台切にちらりと視線を投げかけました。
燭台切は返事の代わりに刀を構え直しました。
「じゃあ、君は後回しと言うことで」
男はいうが早いか、二人の前から姿を消しました。
「上から失礼!」
長谷部の頭上から声がしました。長谷部が見上げた時には、男の刃が間近まで迫っていました。
手元にはへし切長谷部があり、すぐに抜けば間に合います。なのに、長谷部の体は全く動きませんでした。いえ、動く気も起きなかったのです。
(もう、いいか……)
「長谷部くん!」
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